元宝塚歌劇団星組トップスターで、女優としても活躍した寿美花代さんが、94歳で亡くなった。

所属事務所の発表によると、寿美さんは老衰のため3日に死去。葬儀は家族葬として執り行われた。
華やかな宝塚の舞台で一時代を築き、その後は俳優・高島忠夫さんの妻として、そして高嶋政宏さん、政伸さんの母として、長年にわたり芸能界を支えてきた存在だった。
寿美花代さんの訃報を受け、長男の高嶋政宏さん、次男の高嶋政伸さんが所属事務所を通じてコメントを発表した。
政宏さんは、母の最期に立ち会うことはできなかったものの、ここ数年は誤嚥性肺炎による入退院を繰り返していたことを明かした。
「最期の最期まで大女優 寿美花代だった母でした」と母への敬意と感謝をつづった。
また、入院中も病院関係者が驚くほどの声量で話していたことがあったと振り返り、最後まで寿美さんらしい力強さを失わなかったことを伝えた。
政伸さんは、母が子どもや孫に囲まれながら、穏やかな表情で旅立ったことを明かした。
父・高島忠夫さんが好きだった歌声が流れる中、最期まで美しく凛とした姿だったと語り、「いつもユーモアを忘れない明るく優しい母」と故人をしのんだ。
寿美花代さんは、1932年に兵庫県で生まれた。
1948年、宝塚歌劇団に入団。
男役として才能を発揮し、華やかな舞台姿で多くのファンを魅了した。
当時はブロマイドの売り上げがトップになるほどの人気を誇り、宝塚を代表するスターの一人として知られていた。
舞台で培った表現力と存在感は、退団後の芸能活動にもつながった。
1963年に宝塚を退団し、同年に俳優・高島忠夫さんと結婚。
2人の出会いは1961年、テレビ番組の収録だった。
交際期間中、高島忠夫さんからは多くのラブレターが届いたというエピソードも知られている。
芸能界を代表する夫婦として歩み始めた2人は、長年にわたり多くの人々から愛される存在となった。
特に、1971年から1996年まで約25年間続いた日本テレビ系料理番組「ごちそうさま」では、夫婦そろって司会を担当。
自然な掛け合いや仲睦まじい姿が人気を集め、視聴者に温かな家庭の雰囲気を届けた。
芸能界でも屈指のおしどり夫婦として知られ、多くの人々の記憶に残っている。
また、高嶋政宏さん、政伸さんとの親子関係も注目された。
家族でのコンサートやイベントにも参加し、高島家は仲の良い芸能一家として知られていた。
しかし、寿美さんの人生後半には、大きな試練もあった。
1998年、高島忠夫さんがうつ病を発症。
寿美さんはその後、約10年間にわたり夫を支え続けた。
芸能活動よりも家庭を優先し、病と向き合う夫を献身的に支えた姿は、多くの人から尊敬を集めた。

2019年、高島忠夫さんが亡くなった後、寿美さんは表舞台に出る機会が少なくなった。
その後は施設で生活しながら、家族との時間を大切にしていたという。
晩年については、政伸さんがテレビ番組で母の近況を語る場面もあった。
訪問した際に目を開けて反応を見せたことなど、家族とのつながりが続いていたことを明かしていた。
寿美花代さんの人生は、宝塚スターとして輝いた時代だけではない。
一人の女性として、妻として、母として、家族を支え続けた歩みでもあった。
舞台で観客を魅了し、テレビでは明るい笑顔を届け、家庭では愛する人を支え続けた。
その生き方は、多くの人々に強い印象を残している。
華やかな芸能界で長く活躍しながら、家族への愛情を何より大切にした寿美花代さん。
94年の人生で築いた功績と温かな人柄は、これからも多くの人の記憶に残り続ける。

