グレート義太夫さん、発見1時間前に知人へ“最後の電話”――階段に座り込んだ姿で見つかった急変の瞬間を江口ともみが涙で明かす

グレート義太夫さん死去、58歳 階段に座り込んだ姿で発見 江口ともみが明かした「1時間前の電話」と最後の日々

たけし軍団のお笑い芸人として長年活動してきたグレート義太夫さん(本名・鈴木正之)が、9月7日に亡くなったことが発表された。

58歳だった。

都内の自宅マンションで倒れているところを発見され、救急搬送されたものの、病院で死亡が確認されたという。

突然の訃報に、多くの芸能関係者やファンから驚きと悲しみの声が寄せられている。

8日、TBS系「ゴゴスマ~GOGO!Smile!~」に出演したタレントの江口ともみ(58)が、グレート義太夫さんの最後の様子や近年の活動について語った。

その中で明かされたのは、亡くなるわずか1時間ほど前に本人から知人へ電話があったという事実だった。


亡くなる1時間前、知人に電話

江口さんによると、グレート義太夫さんは亡くなった当日、親しくしていた知人に電話をしていた。

その知人は、たけしさんの元弟子でもあり、義太夫さんとも親しい関係にあった人物だという。

義太夫さんはその知人に、

「片付けを手伝ってほしい」

という趣旨の依頼をした。

知人は電話から約1時間後に義太夫さんのもとへ向かった。

そこで目にしたのが、マンションの階段に座り込んでいる義太夫さんの姿だったという。

その後、救急搬送されたものの、病院で死亡が確認された。

あまりにも突然の出来事だった。


当日の朝までブログを更新

グレート義太夫さんは、亡くなった当日の朝にも自身のブログを更新していた。

日常と変わらないように見える発信をしていたその日のうちに、突然帰らぬ人となった。

そのため、関係者にとっても訃報は大きな衝撃だった。

江口さんは、

「本当に急なことで驚いています」

と語った。

本人が最後まで普段通りに活動していたように見えたからこそ、周囲にとって受け止めることが難しい別れとなった。


20年近く続けていた人工透析

義太夫さんは長年、糖尿病の治療を続けていた。

人工透析も20年近く受けていたという。

江口さんは近年の状態について、

「100%お元気だったとは言えない状態だったと思います」

と振り返った。

しかし、それでも義太夫さんは活動を止めていたわけではなかった。

落語やラジオなどに取り組み、さらに糖尿病についての講演会も行っていた。

病と付き合いながら、自らの経験を人に伝える活動も続けていたのだ。


病気の経験を「伝える側」になっていた

長期間の治療生活を経験した義太夫さんにとって、糖尿病は単なる闘病の対象ではなかった。

自身の経験をもとに、病気について語る機会を持っていた。

病気を抱えながらも芸能活動を続け、落語やラジオにも出演。

長年のファンにとっては、テレビで見るお笑い芸人としてだけではなく、さまざまな分野で活動する姿も印象に残っているだろう。

そのため、突然の訃報は、近年の活動を知る人たちにも大きな驚きを与えた。


たけし軍団を支えた存在

グレート義太夫さんといえば、ビートたけしさんの弟子として、たけし軍団の一員として活動してきたことで知られている。

長い芸能生活の中で、たけし軍団の仲間たちと数々の仕事を経験してきた。

その関係性は単なる仕事仲間にとどまらない。

長い年月をともに過ごしてきた仲間だからこそ、軍団のメンバーにとって今回の別れは特別な意味を持つ。


江口ともみが涙声で語った「軍団の生存確認コント」

番組では、たけし軍団の歴史についても語られた。

3年前、たけし軍団は結成40周年を迎え、記念舞台「ウスバカゲロウな男たち」が上演された。

当時、軍団のレギュラーメンバーが一堂に会する機会は少なくなっていた。

だからこそ、舞台で仲間たちがそろったことは、関係者にとって大切な時間だったという。

江口さんは、

「レギュラーメンバーの皆さんがそろう機会がなかなか無かったので」

と当時を振り返った。


「次はいつになるかな」

千秋楽には、そのまんま東さんや大森うたえもんさんらも駆けつけたという。

軍団の仲間たちが舞台に並んだ光景。

その時、江口さんの夫であるつまみ枝豆さんは、

「軍団も老兵なので、こうやって全員がそろう瞬間って次はいつになるかな」

と話していたという。

そして、

「軍団の生存確認コントみたいなのができたら良いね」

と語っていた。

江口さんは、その思い出を振り返りながら涙声になった。

「それができなくなっちゃったんだなと思うと本当に残念です」

その言葉には、長年一緒に歩いてきた仲間を失った悲しみがにじんでいた。


58歳、あまりにも早い別れ

グレート義太夫さんは58歳だった。

20年近く人工透析を続けながらも、落語やラジオ、講演活動などを続けていた。

亡くなった当日の朝にもブログを更新。

さらに、その約1時間前には知人に電話をしていた。

それだけに、周囲にとって今回の別れは突然だった。

人生の長い時間をともに過ごしたたけし軍団の仲間たちにとっても、簡単には受け止められない出来事だろう。


仲間たちの記憶に残り続ける存在

芸能界で長く活動することは簡単ではない。

時代が変わり、テレビの流行が変わり、芸人を取り巻く環境も変化していく。

その中でグレート義太夫さんは、たけし軍団の一員として長年活動し続けた。

お笑いだけではなく、落語やラジオ、講演などにも活動の幅を広げていた。

病気を抱えながらも、自分にできることを続けていた姿は、仲間やファンの記憶に残ることになるだろう。


まとめ

たけし軍団のグレート義太夫さんが58歳で亡くなった。

9月7日、都内の自宅マンションで倒れているところを発見され、救急搬送されたが、病院で死亡が確認された。

亡くなる当日の朝までブログを更新し、その約1時間前には親しい知人へ電話をしていたという。

長年、糖尿病の治療と人工透析を続けながら、落語やラジオ、講演などの活動にも取り組んでいた。

江口ともみさんが涙ながらに語った、たけし軍団の仲間たちとの思い出。

「軍団の生存確認コント」をいつかやりたいという言葉は、今となっては叶わない願いとなってしまった。

長い年月をともに歩んだ仲間たちの記憶の中で、グレート義太夫さんの存在はこれからも残り続けるだろう。