【入浴中に不慮の事故】中山美穂さん、行きつけの焼肉店での”素の表情” 「いつも元気で素敵なまとめ役」だった 母と再婚した義父とも良好な関係

突然の別れだった。12月6日、歌手の中山美穂さん(享年54)が自宅の浴室で亡くなっているのが見つかった。検死の結果、事件性はなく、不慮の事故と発表された。 中山さんは1985年、『毎度おさわがせします』(TBS系)で女優デビュー。『ただ泣きたくなるの』『遠い街のどこかで…』などのヒット曲を連発し、アイドル、歌手、女優として輝きを放った。 2002年にミュージシャンで作家の辻仁成(65)との電撃婚で世を驚かせたが、中山さんがプライベートについて発信することは少なく、謎めいていたところも魅力だった。 そんな彼女が素の表情を見せた数少ない場所のひとつが、東京・笹塚の焼肉店「にくる」だ。伊藤信太郎店長が語る。 「美穂さんは妹でタレントの忍さん(51)やバンドのメンバーらと一緒に月に1度はお店の個室に来てくれていました。定位置に座ってホルモンやレバーを召し上がり、ワインがお好みで、シメは必ず『すだち冷麺』。いつも元気で素敵なまとめ役という感じでした」 中山さんは幼い頃に両親が離婚したが、母と再婚した義父とも良好な関係を築いた。義父は故郷の秋田でレストラン「バル・パサポルテ」を経営。同店は2011年に事業継承された。店の関係者が語る。 「美穂さんが来店された際に『若い人が頑張っているんだったら、お店を引き継がせていいんじゃない?』と前オーナー(=義父)に提案されたそうです。それを聞いた今のオーナーはとても喜んでいましたし、励みになっているようです」 人の目の届かないところで朗らかに楽しみ、人に尽くしていた中山さん。今も遠い街のどこかに、彼女がいてくれたなら。 ※週刊ポスト2024年12月27日号

「家政婦のミタゾノ」中山美穂さんシーン放送決定 亡くなって出演料は支払われる? 識者に聞いた

12月6日に亡くなった女優の中山美穂さん(享年54歳)の出演シーンについて、来年1月14日に放送が始まる「家政婦のミタゾノ」(テレビ朝日系)の公式サイトで16日、本人が出演するシーンを放送することが発表された。 同サイトによると、「第1話のメインゲストとして、中山美穂さんにご出演いただきました。撮影はすべて終了しており、役柄等詳細につきましては後日改めて解禁を予定しております」。同ドラマの撮影に本人が参加していたことはすでに報じられており、どのタイミングで登場するかなどが注目されていた。 亡くなった人が未放送の番組に出演するという収録番組ならではの事態だが、気になるのは、そうなってしまった場合の出演料だ。普通の感覚で考えれば、故人となっても支払われるだろうが、もしかして、放送日まで生きていないと支払われないなんてことがあったりするのだろうか。毎日放送でプロデューサーを務めた経験のある同志社女子大学の影山貴彦教授は「一般論になる」としながら以下のように答えた。 「まず、『支払われない』ということはないはずです。そして、中山さんのように事務所に所属していた芸能人であれば、まず所属事務所に支払われ、その先は、特段の取り決めが芸能人との間になされていなければ、遺産の相続に準じて親族の受け取り順位が決まるかと思われます」 ドラマの本放送であれば、今回のような「放送前に出演者が故人になる」という事態はそう多くないが、再放送の場合となると、故人が登場する機会はしばしば目にする。 「ドラマの再放送については出演料ではありませんが、『使用料』が出演者に支払われます。こちらも故人であっても発生しますので、上記と同様に処理されるはずです」 来年の中山さんの出演シーンが待ち遠しい。 中山美穂さんも見舞われた「入浴中の事故」は思いのほか高い頻度で発生している。関連記事【もっと読む】中山美穂さんの死因は入浴中の事故…全国の「入浴中急死者数」は年間約1万9000人で交通事故より多い…では、その件数の多さについて伝えている。  

「中山美穂」初代マネージャーが語る “胸にバスタオル撮影”で泣きじゃくった「根暗で無口」な少女が、スターになった日

中山美穂が亡くなって10日余りが過ぎた。12日には葬儀が終わったが、故人を悼む声は未だに止まない。俳優、歌手として頂点を極めた中山。そのキャリアの原点となったのは、1985年のドラマ「毎度おさわがせします」(TBS系列)だった。ドラマデビューとなったこの作品でツッパリ少女・のどかを演じた彼女は、そのルックスと演技に注目が集まり、以後、一気にスターダムへと駆け上がることになったのである。当時、所属事務所でマネージャーを務めていた岡嶋康博氏が、中山との思い出を語った。 中山が芸能界入りしたのは1982年。当初はモデル活動などをしていたが、ドラマデビューとなったのが14歳、中学3年生の時に出演した「毎度おさわがせします」である。中山の所属事務所は「ビッグアップル」。彼女のために山中則男氏が設立。岡嶋氏はその創業メンバーの1人でもあった。岡嶋氏が回想する。 「美穂と初めて会ったのは喫茶店でした。私と社長の山中さん、そして美穂の3人です。美穂はどちらかと言えば無口で、その時も多くは語りませんでしたが、他の子とは明らかに違うところがありました」 それは、 「彼女の“目”です。野性的で切れ長。今までのアイドルは“可愛い”ルックスでしたが、美穂は、猫目でシャープな、野性味あふれる印象でした。新しい次元の“可愛さ”だったと思います。これが彼女の人気が出た理由でしょう」 こうしてわずか3人で事務所がスタートした。その最初の大仕事が「毎度おさわがせします」だったわけだ。 「なるほど! ザ ワールド」を逆転 「このドラマ出演は、山中さんがオーディションに連れて行き、勝ち取ったものです。実は美穂が演じた『のどか』という役は、内々に別の女の子に決まっていました。しかし、プロデューサーや脚本家はどうも納得していなかったようです。そんな時に美穂が来た。見た途端に“この子だ”とすぐに決めてくれました。ドラマに出ること自体すごいことですし、まして新人ですから、普通はエキストラに毛が生えた程度の役しか回ってこない。しかし、美穂は最初から主役級の大役を任されたわけです」 ドラマは、不良少年、少女を抱える3つの家族の物語だった。中山の父役は板東英二、母役は夏木マリが務めた。 「当時、反抗する子どもが社会問題化しており、ドラマのような現実がたくさんありました。だから若い世代には受け入れられやすかったのかもしれません。しかも、美穂の目、ツッパリ風のルックスが、役によく合っていました」 「毎度おさわがせします」の放送は火曜日の21時から。その前の20時台はドラマ「少女に何が起こったか」が放映されていた。 「当時、既にスーパースターになっていたキョンキョンが主役です。視聴率も良く、その影響からか、続けて見てくれる人が多かった。ただ、同じ時間帯にフジで『なるほど! ザ ワールド』が放送されていました。各局、どんな番組をぶつけても勝てなかった化け物番組です。しかし、最初は当然、フジが勝っていたんですが、2回、3回と続くに連れ、どんどん視聴率が迫っていき、ついに最後には逆転してしまったんですよ」